”「お先?」”についてソーマ研究員の報告(1)


 先日、武蔵野に伝わる民話を市町村ごとに数編ずつ紹介されている本を読んでいたのですが、 国立市の章にあった話の一つを読んでみて、おや?と思うことがあったので、今回はそのことに ついて書いてみたいと思います。
 あらすじはこうです。

 『国立市がまだ谷保村と呼ばれていたころ、村の中心は今の大学通りを中心とした一帯ではなく、 甲州街道沿いの本町地区であり、その周囲は今と違って広大な雑木林が広がっていた。林の中 には何本かの道があったが普段はそこを通る人もあまりいなかったので、キツネやタヌキそれに 野ウサギなどの格好の住処となっていた。そしてキツネやタヌキは、人間の住む場所へも時々姿を 見せることがあった。
 ある晩、本町の四軒在家にある駐在所の巡査が、隣の集落の稲荷神社で行われた初午の酒宴に 招かれた帰り道、みやげにもらった油揚げやがんもどきの煮しめの入った折り詰めを抱えて歩い てると、一匹のキツネが自分の後をついてくるのに気づいた。巡査は「おいでなさったな」とは 思ったものの、そのまま素知らぬ振りをして駐在所の前までやってきた。すると、そこにいつの 間に先回りしたのか、先ほどのキツネがちょこんと座っていた。巡査は、まあ、化かされること もないだろうと重い「ごくろうさん、もう帰ってもいいよ」と声をかけてみた。しかしキツネは 一向に帰ろうとしない。そこで持っていた折り詰めを開けで玄関の脇へ置いて、自分は家に入った。 しばらくして玄関を開けてみると、さっきのキツネの姿は無く、折り詰めの中のものも一緒に消え ていた。このような時に出るキツネのことを「お先ぎつね」 という。』


 以上のような内容の話だったのですが、このなかで私がおや?と思った部分は、最後の 『「お先ぎつね」という』のところです。というのも、 この話の場合の「お先ぎつね」とは、先回りして待っている キツネという意味での「お先」だと思いますが、私はこれとは別に、カタカナで書く 「オサキぎつね」というものを知っていました。読み方は全く 同じなので、何か関連があるのでは?と考えたのですが、しかしその両者は、読み方は同じでも イメージのだいぶ異なるものなのです。
 では、そのもう一方の「オサキぎつね」とはどのような ものであるか。それについては次回、詳しく報告させていただきます。

以上



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